自然保護活動(2019年)
担当(寄稿)
1633 S/S
          (2018年はこちら)

 会員の広場では、毎月第三火曜日にコース説明会等を中心に会員相互の親睦を図っています。

  ≪開催日≫    毎月第三火曜日   13:00〜15:00
  ≪開催場所≫   新潟市中央公民館(下図参照)
  ≪参加方法≫   自由参加(会員)
  ≪内容≫      ・ミニ講座             ・予定されている会山行の説明
             ・交流会の実施          ・会員の広場主催の忘年登山の実施 
 等
 
開催日 参加者 内容
2019/1/15  22名  1月の「会員のひろば」は22名の参加がありました。役員会の報告後、2238J/Kさんより「櫛形山脈の源平合戦」と題してミニ講座を行って頂きました。J/Kさんは櫛形山脈の豊かな自然の紹介から、その山上で繰り広げられた源平合戦について次のように話して下さいました。

 平家滅亡の後、中条一帯は平家の流れをくむ城氏が納めていた。平家の残党が鎌倉幕府に反旗をひるがえすと共に、城氏も反旗を掲げた。この城氏追討の命を受けたのが加治荘を治めていた佐々木盛綱。佐々木盛綱は平家滅亡のきっかけとなった藤戸の合戦で、源義経に負けぬほど戦果を挙げた武将でした。城氏と佐々木盛綱率いる戦いは、まさに「越後の源平合戦」になりました。この時、城氏側で勇壮に戦ったのが阪額御前。阪額御前はたいへんな弓の名手で、あまりにも勇ましい女性だったので、生きたまま捕らわれ鎌倉に送られました。
 頼家の前に引き出された阪額御前は臆することなく、その毅然とした態度で幕府の武将を驚かしました。その態度に深く感銘した甲斐の浅利氏に妻に迎えられ、甲斐で一生を終えました。その後、阪額御前は中条町のシンボルとなり愛され語り継がれています。

 一方、佐々木盛綱は城氏追討の命を受けた時は、安中市の方へ引っ込んでいましたが、命を受けるや否や安中から加治荘まで馬を飛ばし、3日で着いたと語り継がれています。
 小林さんは「佐々木盛綱は新発田市の始祖」ぜひ覚えて欲しいと話されました。参加者の皆さんは、櫛形山脈に残る壮大な歴史とロマンに深く感動されたようでした。これからの櫛形山脈の登山に、歴史を訪ねる楽しみが増えました。
 ミニ講座の後は、2月度のトレッキング山行について山崎一男さん、田中美恵子さんに説明して頂きました。これで解散とし、時間のある方に暫らくぶりにトレッキング紀行文をプロジェクターで見て頂きました。
 ◎次回2月のミニ講座は
    2162 H/M さんによる「ネパールの山々で暮らす人々」です