≪紀行文≫ |
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〜〜〜思い出に残るいい旅が出来ました〜〜〜 |
明治の初め五頭山麓に発電所がありました。発電所の建設と管理のため造られた管理道路が「電気山道」と呼ばれ、今は名前だけが残りました。
(俳句)森閑と青葉しぐれの電気道 |
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いざ出発 |
ウリノキの花がお出迎え |
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証拠写真をパチリ |
どこか懐かしい電気道 |
小橋を渡りました |
旧笹神村は佐藤念腹(念腹は俳号)という大文人を輩出しました。佐藤念腹は昭和の初め、ブラジル開拓団を志願し渡伯(ブラジルに渡ること)、艱難辛苦の末にブラジルで成功して6千人の俳弟子を擁する大俳壇を築きました。 |
「電気道」を抜け出湯温泉の目貫通りから五頭山の出湯登山口に向かう分岐が「やまびこ通りの入口です。
橋の袂に「雷や四方(よも)の樹海の子雷」の念腹さんの句碑がありました。句意は大きな雷が鳴りはためくとその木魂が四方の樹海に鳴り響いているという。南米の天地はかくもあろうかと思われる程雄大な句ではありませんか。
(俳句)念腹のかみなりの句碑青葉風
(俳句)念腹の青水無月の山青し |
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中世出土の阿弥陀佛 |
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林道歩きもまた楽し |
やまびこ通り由来を聞きました |
句碑入口に到着 |
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念腹さんの雷の句碑 |
句碑を順に読みながら |
ちょっと一服休憩 |
豪農の館でのランチの前に延喜式内社の旦飯野神社(あさいいのじんじゃ)に参拝しました。越後国蒲原郡13座のうちの1座で、高い格式を誇ります。
(俳句)延喜式神名帳の梅雨の宮 |
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半年参りの茅の輪くぐり |
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御神体は円い |
食べて御利益「名物あん鯛」 |
明治時代、旧笹神村金屋の大地主だった五十嵐邸が豪農の館(やかた)として現存しています。
待望の昼食は明治の雰囲気が漂う豪農の館で贅を凝らした懐石膳を頂きました。ランチの後は贅を尽くした名園に繰り出して集合写真に納まりました。
(俳句)大庄屋明治のままの夏館 (俳句)もてなしの夏懐石を賜りし
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豪華膳を戴きました |
集合写真 |
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近場の名所をゆっくり歩くと、いろんな発見がありました。重厚な郷土史に触れ、明治の雰囲気をそのまま残す豪農の館で贅をこらした懐石膳を頂きました。午後は新設の道の駅で買い物を楽しみ、ちょっと早く新潟に着きました。早い帰りは大歓迎です。
今日はリーダーさんありがとうございました。一緒に歩かれた皆さんお疲れ様でした。おかげで思い出に残るいい旅が出来ました。(おわり) |
《出会った花》 |
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ハルユキノシタ |
ヒメレンゲソウ |
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エゴの木の花 |
甘いクサイチゴを摘みました |
木苺の実はもっと甘い |
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