≪紀行文≫ |
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〜〜〜5日間の山旅を無事終えることができて安堵〜〜〜 |
≪7月22日(月)晴れ≫
四泊五日の北海道。今回は羊蹄山に登ることを主目的に考えていたので、一日の予備日をもうけていた。つまり二日目と三日目のどちらかの天気のいい日に羊蹄山に登る予定にした。ところが天気はどちらも雨予報、みんなで相談して三日目が雨は降るけど風が弱そうということで三日目に羊蹄山に登ることとし、三日目の予定を前倒し、なお、余市岳のロープゥエーが使えないので別の山の企画も考え現地に向かったのでした。一日目は晴れでした。宿に向かうバスの中から支笏湖の向こうに四日目に登る恵庭岳がきれいに見えていました。今回は道路工事にため登れなかった樽前山と風不死岳もその雄姿を見せていたのです。
宿に入る前にコンビニに寄り横日の朝食、夕食を買って高台に建つニセコノーザンリゾートアンヌプリに到着したのでした。
≪7月23日(火)曇りのち小雨≫
宿を6時に出てニセコの五色温泉登山口に到着、あたり一面は深い霧、雨は降っていないけど視界はゼロ。
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整備された登山道を歩き出すも周りの景色は何も見えず、二時間弱でニセコアンヌプリ山頂到着、集合写真を撮り少し休憩の後、下山にかかる。
わずかだが周りの景色が見えてきたが深い森の中という認識が得られただけ。 |
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ニセコアンヌプリ登山前準備 |
上り |
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登り休憩 |
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頂上での休憩 |
ニセコアンヌプリ頂上の集合写真 |
登山口で再びバスに乗りチセヌプリの登山口まで、ところがその登山道がわからず神仙沼の展望台までバスを走らせた。10時50分に到着。 |
実は私はここに2019年10月、コロナの前の年、N氏リーダーの会のトレッキングで一度訪れていたのだが、当時の記憶がない。
そのときは次年度に行う予定だったトムラウシ山行の船旅の事前調査の一環だったがコロナで次年度の山行は中止となった思い出の場所でもあったのだ。 |
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チセヌプリ登山口 兼 神仙沼入口 |
神仙沼近辺地図 |
バス駐車場から木道をしばらく歩く。そして木道が登山道に変わり長沼に到着。そのときは晴れていたので長沼で暫し休憩、これから望むチセヌプリの雄姿を対岸に眺めた。それからの登山道はかなり荒れていた。ガイドブックに大きく載っていたので多くの登山者がいるのかと思っていたが、あまり登山者が通ったあとがない。とりあえずビーナスの丘分岐まで進みチセヌプリ方面に向かった。
ところがそれが悪路だった。道はあるにはあるが笹の刈り払いがまるでなく、思うように進めない。途中にある標識版も道の横に倒れていて心細くなった。
チセヌプリ分岐から急登が始まった。そこで雨が降り出した。翌日は羊蹄山、時刻はすでに12時を回っている。このまま山頂まで行ってもこの日は期待した展望も望めず、さらに雨がきつくなれば大変だと思い撤退を進言、みんなの同意を得て撤退することにした。
帰りは再び長沼で休憩、今度は沼の向こうのチセヌプリは深い雲に隠れていた。 |
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.行きの長沼で集合写真:チセヌプリが見えた |
ビーナス丘看板 |
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ビーナス丘から三峰のシャクナゲ岳を見る |
帰りの長沼での休憩(チセヌプリはガスの中) |
そして神仙沼に立ち寄った。ここで初めて私は4年前にここに来たことを思い出した。
雨がポツポツ降るので集合写真を撮っただけの小休止。バスの待つ駐車場まで戻ったのでした。バスに乗りコンビニで翌日の朝食と昼食を手当てして宿に戻ったのでした。
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神仙沼地図 |
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神仙沼・散策 |
神仙沼での集合写真 |
≪今日出会えた花々≫ |
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≪7月24日(水)曇りのち雨のち曇り≫
朝の3時30分、荷物をバスに乗せ、登山道具だけ持って2台のジャンボタクシーに乗り込む。夜中に豪雨だったのが、このとき雨は止んでいた。
30分ほどで羊蹄山真狩登山口に到着、トイレなどを済ませ、ヘッドランプをつけてまだ暗い登山道を歩き出す。道は滑りやすい。前日の夜の雨で滑りやすい。
しばらくは樹林帯の中の緩やかな道、二合目を過ぎたことから急登になる。明るくなるが視界の効かないブナやダケカンバの樹林帯を黙々と歩く。
四合目あたりから雨が降り出した。そんなに強い雨でないので足を前に進める。ところが6合目を過ぎた頃から雨が強くなったので、私から「ここで撤退しようと思う、こんな雨の中山頂まで行ってもしょうがない。」と「どうですか」と聞いても、みんなは前進のみと、しかたなく頂上まで行くこととした。うん、恐ろしいメンバーだ。いや頼もしいメンバーだ。
やがて戻ってきた単独行の女性に聞いてみると「山頂は風が強くお鉢周りは諦めた。」とのこと。風は9合目から強くなると言っていた。雨は強まったりしたが、やがて雨は感じられなくなった。
7合目から岩場が出てきた。その7合目近くから高山植物のオンパレードになった。見たこともない花の多さにみんな喚起を上げながら歩いた。そして9合目を越えてしばらく歩くと、お鉢の淵らしきところに到着、なんと風がない。天気予報ではこの日は午後から風もおさまり雨も止むとでていた。 |
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上り休憩 |
七合目 |
さて右回りか左回りか迷っていると来たことのあるメンバーから左周りが安全だと。それで左周りを選び登ったり下ったりを繰り返し、ようやく三角点に到着、集合写真を撮った。時刻は12時だった。8時間を費やした。
泥んこの滑りやすい山道、でも昼近くになったから風のない山頂に着いたと強がる。
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.登りあげ、お釜にでる |
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お釜の中、頂上を目指す |
三角点で集合写真 |
さて下りになるが、もと来た道を引き返しゆっくりゆっくりと降りることにした。やがて晴れてきた。雲の隙間から景色も見え始めた。でも足元は泥んこの急下り、滑らないように気を付けながら。そして18時にバスの待つ駐車場に戻ったのでした。
靴を洗ったりして出発は18時25分。ここから次の宿はバスで一時間と少し、20時までに食べ終わるようになっている夕食は電話でお願いして少し延長してなんとか食べることができたのでした。 |
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下り |
ガスが少し切れて見えた風景 |
下り休憩 |
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4合目 |
登山口に戻った(上りの時は朝早く暗闇) |
下山後、バスから見た羊蹄山 |
≪羊蹄山で出会えた花々≫ |
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≪7月25日(木)晴れ≫
この日は樽前山を道路工事のため恵庭岳に変更していた。今回北海道に来て初めての宿の朝食を7時半に取って8時半にバスを走らせた。
登山口まで約20分、支笏湖の湖畔を通り登山口に到着、準備をして歩き出す。
しばらくは枯れ沢の中を歩く。ブナ林とトドマツ林の急登になる。頭上には青い空、北海道で今回初めての夏の青い空だ。 |
尾根道の急登は足場がもろい。やがて長いロープが現れる。登りと下りの二か所に分かれる。このロープが曲者だった。長さが長いだけでなく足場が安定しない。ロープは何本にもなっているので、1本が終わったら、次の人が登る、これを繰り返す。登りは上だけを見て登ればいいが、下りは足元を確認しないといけないので時間がかかるだろうと思っていた。 |
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上り |
8合目・火山の様子 |
このロープ場を過ぎれば美晴台だ。大きな岩がゴロゴロ、その上に立つと支笏湖の雄大な姿、夏の青空の下で上から見下ろす支笏湖の雄姿を見ることができた。そこまで2時間もかかっていたので、その上はガレ場の連続で、この日はここを山頂と決めてゆっくりと40分の休憩を取った。実は私は、あのロープ場の下りが、14人降りるのにどのくらいの時間が必要か気になっていた。
さて休憩時間が過ぎ集合写真を撮り下りに入る。そしてロープ場に、ゆっくりでいいから慎重にと、結果、その鎖場を通過するのに1時間を要した。後はルンルンと乾いた道を下るだけ。でも長い長い下りでした。
駐車場には15時に到着、これで今回の北海道の山旅はすべて終わりました。後は宿でくつろぎ夕食を食べて、翌日には新潟へ帰ります。 |
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.8合目にて |
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下山後のバスから恵庭岳 |
当初登山予定だった樽前山 |
.支笏湖周辺の地図 |
≪.恵庭岳で出会えた花々≫
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≪7月26日(金)≫
この日は帰る日、9時半の出発までゆっくりと自由行動。朝食は7時半からなので朝早くから支笏湖畔を散歩する人、朝風呂にゆっくりと入る人、それぞれ自由に過ごし9時半にバスを走らせた。
最初に支笏湖の展望台に行って写真を撮った。
次に苫小牧の海の駅ぷらっとみなと市場に行ったが目新しいものはなし。早々に切り上げ新千歳空港に、夏休みのせいか空港は超満員、搭乗手続きを済ませ、後は自由行動、ここでの買い物がみんなの楽しみだった。
昼食を済ませ、30分前には搭乗ゲートへと言ったけど、みんな来たのはギリギリ、それでも5日間の山旅を無事終えることができて安堵の様子が見て取れた。さあ、今度はどこの山でお会いできるでしょうか。お疲れ様でした。 |
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支笏湖散策、集合写真 |
≪追記≫
今回、私のカメラがうまく作動せず、他のメンバーにお願いした。LINEと言われたので戸惑った。実は10年ほど前、LINEを使っていたが、画面の文字があまりにも小さく虫眼鏡で確認、その作業が面倒で使用をやめていた。でもサイトは残していたのでスマホを差し出すと、なにやら操作してくれた。私は通常のパソコンもモニターは大画面で文字を大きくして操作しているのでLINEは苦手だ。でも今回の山旅から帰って、あまりにもピー、ピーいう音が出るのでLINEを開いて見てみると、いろんな画像と「北海道よかったねえ。」「羊蹄山最高」などの文字がギッシリ、今回参加していたメンバー同士の通信記録だ。虫眼鏡を持ちながら見ていた。アナログ人間には耐えられないデジタル環境の発展、世の中、いよいよ住みにくくなったものだ。ああ、ケータイの無かった時代が懐かしい。 |
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