≪紀行文≫ |
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〜〜〜太古のロマンかおる旅路〜〜〜 |
若い頃、明日香村のレンゲが広がる美しい観光ポスターに惹かれて、私の祖先は卑弥呼だったのではと妄想を膨らまし、夜行列車に乗って一人大和路への旅に出かけたことを思い出しました。
今日は、悠久の時の流れの中で、いま生きている事のロマンを感じながらの山行でした。越後平野の空を朝陽が染め、朝靄が立ち込めて何とも美しい光景の中をバスが走る。その朝靄が小千谷を過ぎた辺りから次第に霧になって暫くの間視界を遮る。霧が晴れると少し白くなった飯士山が見えて、やがて谷川連峰の白い峰々が目に入り、バスの中には思い出の山歩きの話が聞こえてくる。
参加されたKさんが俳句を詠んでくださいました。俳句とともに山行を一緒に巡ってみてください。
(俳句)冬霧の越後路照らす御来光
先日集中登山が行われた赤城山や榛名山等の山々を教えてもらいながら、長いバスの旅を楽しく過ごす事が出来ました。予定より早いので道の駅おおたで時間調整のお買い物タイム。
関東の石舞台と言われる「八幡山古墳」には少し早く到着しました。石室の鍵を開けてくれる行田市職員の方の到着が遅れ、その間ヤンチャな高齢者軍団は高く積まれた古墳の巨大な石の上に三点支持で登り始める(いいのかなぁ〜)。その後、集合写真を撮る。
公園に椎の木があり、椎の実はそのまま食べられると聞くと、今度は椎の実拾いが始まった。好奇心旺盛な集団です。
職員の方が駆け付け鍵を開けて下さった。石室の中は広く部屋が4段に分かれていて一番奥は遺体が安置されていたのか天が高い。正に権力者の埋葬場所と言う雰囲気が感じられた。 |
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八幡山古墳外部 |
古墳内部@ |
古墳内部@ |
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古墳に登るメンバー |
集合写真 |
見学を終えて、予定通りの時間で国登録有形文化財である豪農の高澤記念館での昼食に向かう。ここでは40名近くのランチは初めてとの事。しかも定休日を返上してのおもてなしを心苦しく思いながらも、古民家の風情が感じられるお食事処で古墳カレーとデザートを頂きました。
古墳型をした古代米のご飯と、デザートはとても美味しかったです。現在の当主の方の美しい藍染めの作品が飾られていて、ゆったりとした豊かな時を過ごさせてもらった。リーダーさんの交渉のお陰と感謝する。 |
(俳句)
万葉の遺跡の歌碑に落葉積む
石室に入れば差しくる冬日差し
藍染めに囲まる昼餉菊香る
菊飾るケーキの甘さ程の良く
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古墳カレー |
藍染の屏風 |
お腹も心も満たされ、いよいよ腹ごなしタイム。さきたま古墳公園の散策に出発する。ここでは3グループに分かれてボランティアガイドに付いて頂き案内してもらう。私のグループは女性のガイドさんです。
出発すると直ぐに天祥寺というお寺の前を通る。そこには松平家の墓があるが、平日は門が閉じていて見学できないとの事…大きな墓石の頭が塀の上から見える。この公園は埼玉市から埼玉県に管理が移ってからきれいに整備されたとの事。
忍城水攻めの際の石田堤の一部を歩き、先ずは日本最大級の円墳「丸墓山古墳」へ。98段の階段を登り、古墳の上部へ。上部からは行田市が一望でき、遠く忍城も確認できた。桜の大木が有り春のお花見に訪れる人も多いそうだ。ガイドさんが子供の頃、ここの丘に自転車を押して登り、一気に下って遊んだそうです。古墳公園として整備される以前は何気ない丘だったのでしょうね。 |
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(俳句)
古墳から冬めく行田見下ろして
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丸墓山古墳上部より行田市を俯瞰する。 |
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丸墓山古墳説明パネル(クリック拡大) |
丸墓山古墳の98段の階段を登る |
次は鉄剣が出土した前方後円墳の「稲荷山古墳」へ。この古墳も階段で登る事が出来る。葬儀を執り行う為の台地が古墳の脇に繋がっている。上部には発掘した当時の状況がタイルに平面で描かれている。埋葬は富士山に足を向けた姿で寝かせていたそうです。
ここで発掘された鉄剣は国宝として博物館に保存してあるそうです。ここからは公園内の古墳が見渡せ、遠くに「古代蓮の里」が有ることを教えてもらった。稲荷山古墳を下りて公園内の道を歩くと小さな丸い茂みが有る。それも古墳との事で主人に仕えた側近の古墳らしい。その広場では古代衣装を纏った命と姫が藁で作った産屋に火を放って、古代の習わしを再現する荘厳な火祭りが行われるそうです。 |
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稲荷山古墳説明パネル(クリック拡大) |
稲荷山古墳 |
稲荷山古墳上部 |
次は「将軍山古墳」へ。古墳の墳丘には菜の花が植えらており、春には訪れる人々を楽しませてくれるとの事。また円筒埴輪が規則正しく並べられていて此処に灯りが灯ったら幻想的だろうなと思った。この古墳は登る事ができないが、墳丘の中に展示室があり見学する事ができた。権力者の王が木棺に横たわり鎧兜や装飾品に馬具等の副葬品が並べられ、古墳内部の様子が再現されていた。 |
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将軍山古墳説明パネル(クリック拡大) |
将軍山古墳 |
古墳内部の再現 |
そして、武蔵国で最大の前方後円墳「二子山古墳」を巡る。ここは未だ発掘調査はされてなく、しかも盗掘が有った為に人工の堀を廻らし、人が入れないようにしているとの事。今は水を張っていなかったが、植栽の外から眺めるだけだった。遠くからでないとカメラに収まらないくらい大きな古墳です。 |
(俳句)
咲き残るコスモス園や古墳群
草枯るる空堀囲む古墳群
二子山古墳啄む冬鴉 |
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二子山古墳 |
そして、最後にさきたま最小の前方後円墳の「愛宕山古墳」これも古墳?と思う位小さな土の盛上りです。
歩き始めの天祥寺の脇を通ったら塀もなく、難なく「松平家の墓」を見学することができた。しかし草の中を歩いた為に、何てことでしょう草の種がハリネズミの棘のように服に沢山くっ付いてしまいました。
「はか」見にいって「ばか」付いた。今日の山行の最後の落ちでした。
今日の予定を全て終え、見送ってくれるガイドさんにお礼をして、帰路に就く。お天気にも恵まれて実り多い山行でした。
(俳句)
古墳果て詣でる墓の草枯るる
満足の山旅果てて冬日和 |
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愛宕山古墳説明パネル(クリック拡大) |
愛宕山古墳 |
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松平家墓の説明パネル(クリック拡大) |
松平家19代.21代.22代 忍城主の墓 |
※古代蓮の種は発掘の際に重機で傷ついて発芽したと説明を聞きました。時間を超えて蘇った古代蓮の物語、何て素敵なロマンでしょう。古代蓮の里も観てみたいものです。
今回は時間の都合で全ての古墳を巡ることは出来なかったし、博物館も改修工事中で見学ができなかった。機会が有ったらまた訪ねてみたいと思いました。また、それぞれの墳墓に埋葬された権力者については明かされていないそうです。
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