登山における危険と対策

≪登山における危険と対策≫

  登山における危険と対策には、山とかかわりの深い危険(季節、地形
、高度、傾斜、気象など)
と、登山者とかかわりの深い危険(心構え、
力量、知識など)
がある。
 これらの危険は、登山者が日頃から山に対する知識や力量、正確な
観察や的確な判断力を養い、確信をもって危険に対応した処置をとって
いれば、十分に避けられる。
 結局、登山における危険は登山者の心構えの問題といえる。

1、山と関わりの深い危険

(1)遭難事故を分析すると、初心者、経験者を問わず悪天候による事故が多い。
   夏山事故を内容的にみると、転落(岩場、雪渓、縦走中など)、天候急変(低温、
   強風、降
)による疲労凍死、雷撃、落石、溺死(徒渉中または河川への転落)
   な
っており、直接、間接に悪天候に強く影響されている。
   
我が国の山は、高度は低いが1年を通して天候の変化が激しい。特に積雪期とも
   なれば、
山は様相が一変し無雪期とは全く別の存在となる。
   悪天候から身を守る方法を第一の心構
えとして持っていなければ危険である。
(2)山は平地と違って、天候は早く悪化し遅くまでその影響が残る。
   @低温でしかも風、雨、雪が加わったときは危険である。盛夏でも行動中に気温
    低下と風
雨にたたかれたら、疲労凍死など致命的な事故につながる。
   
Aわずかの風でも体温は激しく奪われる。
   B梅雨のときに台風や低気圧の影響が重なると、想像を絶する暴風雨となる。

   C稜線上での雨は、風を伴い著しく強く、瞬く間にびしょ濡れとなる。
    沢では土砂や岩石
を含んだ濁流となってみる間に増水する。
    いずれの場合でも、予め避難ルートや避難場
所を決めておき、一刻も早く
    避難する事が肝要。
   
D夏の雷は、昼過ぎから夕方にかけて集中している。山の雷は、上下左右から
    雷撃を受け
るので、雷鳴雷光を認めたら山頂や稜線から即刻離れる。
    (注)後記「落雷とその避け方」参照。
   E秋になると日照時間は短くなり、夏の水場は涸れ雪渓は氷化する。
    10月に入れば、高
山では頂上周辺は雪に覆われる。
    
ア、山麓は雨でも、登るに従ってみぞれや雪となり、気温も低く、高山の
      頂や主稜線付近
は雪崩の危険をはらんでいる。
    
イ、9月から10月上旬頃までは、梅雨の場合と同じように台風や低気圧と
      重なると暴風雨となり、高山では暴風雪になることもある。
      秋山では気象の変化に気を配り、それ
に対応できる心構えと、装備が
      必要である。日帰り登山でも雨具、防寒、防風具は必携である。
    
ウ、11月に入ると山は厳冬期と変わらない場合もあり、降雪中の行動は
      慎むこと。
    
エ、晩秋の山では、上部が降雪でも中腹から下は雨の場合も多い。
      風雪と冷気に叩かれ、
中腹から下で風雨のため全身濡れ鼠となったら、
      山麓で疲労凍死となる。
      その逆に、雨の中を登って行ったら、下山よりももっと恐ろしい状況
      となる。

   F
2000m以上の山では、11から5月までを積雪期登山と考えるべきである。
    とかく晩秋や晩春の山は油断しがちであるので、慎重に登山計画を立案し、
    実施に当た
ては、現実を正確に把握し、冷静な態度で一つーつの事態を
    見極めた対応をしなけれ
ばならない。
   Gルートは、天候の悪化に伴い難しいルートに変化する。
    ア、豪雨になれば、一般コースでも道は流水に洗われて沢のようになり、
      岩壁ではルート
が水しぶきをあげて滝のようになる。
    イ、苔や草は雨に打たれて滑り易く、岩の割れ目に入った流水のため落石も
      多い。沢では
急激な増水で立ち往生となる。
    ウ、上記のような場合、行動中止か、行動中ならば一刻も早く安全な場所に
      避難する。

    エ、この避難が可能になるためには、計画段階で予想される危険に対する
      避難方法が綿密
に立案されていなければならない。思わぬ悪化に慌て
      ふためき、心身ともに動揺し疲
労した状態では、かえって危険なルート
      に迷い込むか、技術的過ちを犯すことになる。

2、登山者と関わりの深い危険
(1)疲労

   大切なことは、疲労を蓄積させない範囲の登山を心掛けることである。
   登山経験の浅い人
や、日頃からあまりトレーニングをしていない人は、一日の
   行程に体力的余裕を十分にとる。

(2)高度の影響

   3000
m級の山でも、一気に高度を稼ぐような強行登山や、疲労を持ち越す登山
   は高山病の
原因となる。高所では空気が乾燥しているので不感蒸発量が多い。
   水分や塩分を十分に補給する。

(3)食生活
登山では、エネルギーの消耗が激しいので栄養価の高い消化の良いもの
   を摂取する。
消化力の弱い人は、一日3食の食事を5食ぐらいに分けて摂取
   するのも一方法である。
登山中に、身体に関係した事故としては、食中毒、
   捻挫、骨折、雪目、特異体質、持病の再発、高山病、疲労によるものなどが
   ある。いずれの場合も、事故ともなれば多くの人に迷惑がかかる。
   無理のない登山を実行することが大切である。
(4)心理的危険
   @過信

    登山者は、自分やチームの力量を過大評価しがちである。登山計画は、力量
    の確かな評価の上に立って行い、登山を振り返って力量の過大評価や、危険
    の見過ごしの有無について十分点検する。
   
A興奮
    予期しない危険や遭難事故に遭うと、人間は興奮し易い。冷静な判断に基づ
    いた決断をし、
いつもより何倍もの安全率をみて行動する。
   B弛緩

    難しいルートを通過した後など、ほっとして心の緩みが生じ易い。
    改めて心を引き締める必要がある。登山が不成功の後や、きつい上りの後の
    下りなどでも、心理的な失望や疲労、気の緩みで思考力や判断力が鈍る。
    ―歩一歩確実に行動する。

   C眩惑

    傾斜が急な難しいルートでは、足元をみると不安がつのり、初心者や過労の
    ときなど、め
まいや震えがきてバランスが崩れる。
    気持ちを落ち着ける意味でも、まず深呼吸をして心を鎮め、遠景や空を眺め
    るなどして、心の安定を図ると良い。

   D対抗意識
    
他人を意識して、力量を超えた無理な行動をとらない。
    あくまでもマイペースで行動する。
リーダーは、気象条件や避難方法などを
    常に把握し、危険に直面しても、冷静に正確な判
断に基づいて決断するので、
    リーダーの指示には絶対に従う。議論百出は混乱を招き、事態を悪化させる

3、遭 難
  登山は山という人智の及ぶことのない、強大な力を持つ
 自然を舞台に自然の変化に対応しなが
ら行うスポーツで
 あり、年齢にかかわりなく、初心者でもベテランでも遭難を
 引き起こす要素はいくらでもある。
  それをいろいろの技術や用具や知恵を使って、人々は回避
 するのである。

  事故には不十分な研究、慢心、不用意な冒険、過信、気の
 緩みなどが引き金になっていること
が多い。

4、落雷とその避け方
(1)落雷は
  @時間的には、陸上では地面が暖まる昼過ぎから夕方、海上では海水が暖かく
   空気が冷える夜中から明け方に集中している。

  A山の雷は、上下左右から雷撃を受ける。

  B肌がピリピリしたり、髪の毛が立ったり、ブーンという音が聞こえたり、
   金物がジージー
鳴るようになれば、かなり強い雷雲と思ってよい。
   さらに周囲が暗くなり、雷鳴や稲妻を伴うようになれば、すぐに激しい雷雨が
   襲ってくる。

(2)避難方法
  @稜線にいるときは、右か左の少し下がったところの窪みやハイマツの中に、
   和式トイレの姿勢で屈み込む。地面に伏せると衝撃が強い。
  
A耳の穴を指で塞いで鼓膜の破れるのを予防する。
  B一人一人の間隔を5m以上空ける。
  C坂になった稜線に低い姿勢で数珠つなぎに並んでいると、全員が串刺しとなり
   雷撃を受ける。

  Dピッケル、洋傘、背負子等を頭の上に突き出すことは極めて危険である。
   身体から離して
寝かせること。
  E突き出さない限り、金属を身体の外側に付けておいた方が、致命的な雷撃でも
   死亡率を低くすることが、最近の研究で判明した。但し、頭部につけた金属
   類は離すこと。
  F直撃は姿勢の高い人が受ける。野球の二塁手が直撃を受けたが、滑り込んだ
   選手は無事だ
った事例がある。
  
G鉄筋の建物や電車、自動車内は安全。
  H高い木の下、水気の多い場所、岩場は避ける。
  I樹林帯でどうしても避難できない場合は、木の幹から最低でも4〜5mは
   離れて姿勢を低
くすること。
  (木のてっぺんを45度の仰角で仰ぐ位置で身体を低くすること。)
  Jビニールシート、ポンチョを敷いてうずくまり、自分も別のビニールシート
   をかぶり、雨
に濡れないようにすると良い。

(3)救急方法
  @落雷による死因の多くは呼吸器停止と心停止である。一刻も早く人工呼吸と
   心臓マッサー
ジを行う。
  A火傷や皮膚剥離は、患部が化膿しないよう滅菌ガーゼや清潔な布で患部を覆う。
   すぐに冷
やすことが先決だが、山では多量の水がないので、清潔な布に水を
   浸して患部に当てて冷
やす。

5、動物に関する危険

(1)ハ チ

  @原色の衣類や柑橘系の香りに寄ってくるので、色彩の
   鮮やかなウェアや芳香性の強い化粧品は避けた方がよい。
   帽子は必ずかぶる
  A刺された場合は、その箇所を数回つねる様につまんで毒液
   を出し、水か石鹸水で洗い、弱
アルカリ性の物質で中和する。
  B針を指先でつまむと毒液を注入してしまうので、毛抜き
   で根元から抜く。
   処置が早ければ
軽くて済む。
  Cポイズンリムーバー
(毒吸引器)使用すれば、刺された
   個所から毒を簡単に
   抜く事が出
来る。
  D急に呼吸困難、けいれんが起きたり、脈が弱くなくなって
   意識不明になったり、
   ショックの兆候がある場合は、緊急に外科医の処置を受ける。

  E巣を潰したり、たたいたりすると大群で襲ってくる。
 

(2)人間を襲うスズメバチ“8月下旬から10月いっぱいが最も危険“
  ハチは前後の動きには鈍感であるが、左右の横向きや急激な動きには敏感なの
  で、ハチを手で払ったり服やタオルなどを振り回すのも危険である。
  スズメバチはいずれの種も黒色に対して激しく攻撃性を示す。
  白色や黄色、銀色などに対しては反応は弱く、ほとんど攻撃しない。
  但し、たとえ白色であっても、いったん攻撃を受けたあとでは安全とは言えない。
  ヒラヒラするもの、純毛製のもの、香水やヘアスプレーなどの化粧品、音や
  振動
(虫避けの超音波発信機など)はハチを刺激する原因となり、攻撃行動の
  きっかけとなる場合があるので注意。

  @ほとんどの場合、すぐには攻撃せず、目の前を前後、左右、上下に飛び回って、
   まず威
嚇する。このときは、目を狙ってくるので、顔を伏せて静かに後ずさり
   しながら離れて
いく。左右の動きには敏感なので、手を振ったり急激に動いて
   はならない。30〜50mの防衛距離を出れば大丈夫。
  A万一、刺された場合は
すぐに毒を絞り出し(口で吸い出さず、指でつねって
   絞り出す。
またポイズンリムーバーを使って毒を吸い出す)、水でよく洗って
   冷やす(毒の回りを遅くする)
   抗ヒスタミン軟膏やステロイド剤、タンニン酸水を塗布する。(
アンモニア
   効かないのでつけない方が良い。市販薬の抗ヒスタミン剤を予め購入しておく
   と役に立つ)
アナフィラキシー症状が認められたら、エピペンなどを利用する。

(3)アナフィラキシーショック
  急性の全身性かつ重度なI型過敏症のアレルギー反応の一つ。ほんの僅かな
  アレルギー物質が生死に関わる「アナフィラキシー反応」を引き起こすこと
  がある。
  皮膚テストや血液中のハチの特異的抗体の有無を調べて貰い、アナフィラキ
  シー
であるか調べて貰うと良い。
  陽性の人は、医師に処方して貰い、「携帯用エピネフリン自己注射キット
  (
商品名;エピペン)」を持参すると安心。下山後は早急に医師の治療を受ける。
  

(4)毒蛾、毛虫
   @触れたところを不用意にこすったり、掻いたりしない。

   A石鹸水で、そおっと洗い流した後、アンモニア水か重曹を水でドロドロに
    溶いたものか、抗ヒスタミン軟膏を塗っておく。


(5)山ヒル対策
   @山ヒル専用のスプレー
(ヤマヒルファイターなど)靴や靴下、ズボンに塗布
    する。山ヒル
専用のスプレーは、有効成(ディート)マイクロカプセル化
    されているので、水や雨に
濡れても簡単には落ちず、効果が長時間持続する。
    但し、強い薬品なので、肌には直接塗
布しないこと。
   A一般の防虫スプレーでも、ディートが含まれているので効果がある。
    但し、濡れると簡単
に落ちるし、持続効果時間が短いので、こまめに
    スプレーする必要がある。
   
Bヒルは血を吸う時、ヒルジンという血液の凝固を妨げる物質を体内に注入
    するので、ヒル
に食われるといつまでも出血が止まらなくなる。
    ポイズンリムーバーでヒルジンを吸い出
すと出血は止まり易くなる。

 (6)毒蛇による咬傷
  危険性のある蛇は、マムシとヤマカガシの2種類のみである。
   
@蛇を見つけたら逃げるにまかせて、放っておくこと。
    蛇が積極的に攻撃してくることは絶
対にない。
    棒や足を差し出すのはよくない。
   A湿った日の当たらない場所を好み、川や沼に近い草むら、倒木や岩、石の
    かげ、じめじめ
した所で被害に遭い易い。斜面を登るとき、見えない所に
    手を掛けることは危険である。
   B咬まれる部位は手足が多いので、長袖、長ズボン、厚手の靴下、軍手などを
    着用して皮膚
を露出しないようにする。
   
C女性のお花摘みには、周囲を良く観察する。

  (兆  候)
    
毒蛇のときは、30分ほどで咬まれた部位が黒ずんだ紫色の腫れがひどくなり、
   痛みも強くな
ってくる。
   さらに毒が回ると嘔吐、瞳孔散大など全身状態が悪化して死亡することもある。
  (対 応)
   @速やかに医者に行くこと。命の危険はほとんど無いから、慌てることの
    方が危険である。

   A乗り物か、他人に担いでもらって医者へ行くのがよいが、やむを得ない場合
    は落ち着いて
歩くこと。決して走らないこと。
     B薄いお茶を多量に飲んで利尿を促すのは効果がある。
    アルコール類は絶対に飲んではいけない。


(7)ツツガムシ病
  ツツガムシの発生時期は、4〜6月と9〜10月頃で、孵化期とー致している。
  1〜12月は感染する可能性が高い。
 

  (
予防項目)
   @長袖、長ズボン、長靴、手袋を着用。

   A腰を下ろしたり、寝ころんだりしない。

   B立ち入る場所にダニに有効な殺虫剤を散布する。
   C皮膚の露出部に防虫スプレーを塗布する。

   D立ち入った後は必ず更衣、入浴しツツガムシを洗い落とすとともに、皮膚に
    刺し口がない
か点検する。
   E1〜2週間後に発熱や発疹、リンパ節腫
等の症伏が現われた場合は速やか
    に受診し、感
染の恐れがある場所に立ち入ったことを医師に申し出ること。

(8)マ
   マダニはライム病を引き起こすスピロヘーターを媒介する。
   ツツガムシもマダニもダニの類であり、マダニの予防方法はツツガムシと
   同じであるが、ツツガムシは吸血後すぐに人体から離れるが、マダニは長期
   間吸着吸血し続けるので、食いつかれた時の対処が異なる。
   @ライム病原のスピロヘーターが、人体に移るには48時間かかると言われて
    おり、48時間以内にマダニを除去しなければならない。
   Aマダニを除去しようとして、マダニの体を強くつまんで引っ張ると、スピ
    ロヘーターを人体に注入しかねないので、こうしたやり方は絶対にしては
    ならない。なお、こうしたやり方では、マダニの頭と体がちぎれるので、
    頭が皮膚に刺さったまま残ってしまう。
   B毛抜きなどで、皮膚をえぐって、皮膚と一緒にマダニを除去する。
    自分や友人などではできない場合は、医師から除去してもらう。