会山行紀行文 2022年
12/6(火)
新潟町あるき・沼垂① 参加者 (紀行文) 2412 M/Y
No-T52 グレード:E 23名
 担当リーダー 2052 M/T (男性4名・女性19名) (写真) 2412M/Y・2052M/T
≪コースタイム≫
新潟駅万代口・新潟交通バスターミナル前(9:30)…東地区公民館(10:00)…沼垂定住三百年記念の碑
…小唄勝太郎の碑…信越線沼垂廃線…寺町…沼垂テラス商店街…乙子神社…沼垂白山神社
…今代司酒造(12:10)…=ICHIE(いちえ)・昼食(12:30-13.20)…新潟駅南口(13:30)
≪紀行文≫
~~~古き沼垂を偲びながら~~~

 ぽつぽつと雨が降る中、新潟駅万代口をスタート。

 右折すると「沼垂まであと○○m」という案内板が100mごとにあります。

 それに従ってガイドさんが待つ東地区公民館まで歩きます。 
 沼垂町並み散策コース(画像クリックで拡大します)   
 
 東地区公民館前で集合写真  沼垂まであと○○m  

 “ほんぽーと”向かいに「此処に古信濃川流れありき」という碑があります。元々、信濃川本流がこの付近を流れていたとのこと。
 栗ノ木バイパスはかつて信濃川にそそぐ延長約10㎞幅40mほどの川で、昭和初期まで沼垂周辺の水上交通だったそうで、新潟地震の津波によって下流部は約1ヶ月冠水し、県の震災復旧事業として下流部を埋め立てて道路整備したそうです。
此処に古信濃川流れありき碑

 4班に分かれて町あるきスタート。

 東地区公民館が“海蔵寺”という出羽三山の山岳信仰の行者の道場で、その建物を利用して最初の沼垂小学校開校したとのこと。
 沼垂出身の日本画家、長井雲坪さんの生誕地だそうです(夏目漱石さんに絵が気に入られた方だそうです。)
 この地区にはかつては映画館が3軒あったそうです。

 阿賀野川の流路変化のため江戸時代初めから現在地に落ち着くまで王瀬の町(現 新潟市東区上王瀬町)から約50年間に4度の移転を余儀なくされました。
 栗ノ木川の両岸に町立てされて300年を記念して建立された沼垂定住三百年記念の碑(新発田菅谷の虎石で料亭三楽荘の庭石だったそうです)が建っています。
ここに栗の木川ありき碑 
長井雲坪さん生誕地 沼垂定住三百年記念碑
  小唄勝太郎の碑(「東京音頭」等がヒットされた方だそうです。)、

 信越線沼垂廃線(信越本線の終点として開設。信越本線が延伸、新潟駅開業すると旅客が激減し石油や米穀の発送が主な業務でしたが、石油精製の終了に伴い廃止)、

 寺町(四国八十八ヶ所巡りができる悉知院、米満山を見学しました。)
小唄勝太郎碑 四国八十八ヶ所巡りができる悉知院 米満山

 沼垂テラス商店街(元々市場として使われていた長屋を改造)、
 乙子神社、沼垂白山神社、今代司酒造さんへ。今代司酒造さんでは、私の班は残念ながらゆっくり楽しめませんでしたが、試飲や買い物を楽しんだ方もいらっしゃいました。

 最後は「ICHIE(いちえ)」さんで昼食。たくさん歩いてお腹空いていたので、みんなで「パスタランチセット」をおいしく頂きました。
沼垂テラス商店街 乙子神社 沼垂白山神社
今代司酒造さん 「ICHIE(いちえ)」さんの看板 パスタランチセット