会山行紀行文 2021年
9/30(木)
晴れ後曇り
(よねやま)
米山
(水野林道コース)

992.5m
参加者 (紀行文) 1862 Y/I
No−T52 グレード:D  31名
 担当リーダー 1862 Y/I (男性6名・女性25名) (写真) 1862 Y/I
≪コースタイム≫
新潟駅(7:15)=(北陸自動車道)=米山SA(8:45)=柿崎IC=(県道25号)=水野林道終点登山口(9:45-10:00)
…米山山頂(11:50-12:50)…水野林道終点登山口(14:13-30)=(往路)=新潟駅(17:00)
≪紀行文≫
〜〜〜汗だくの米山登山〜〜〜

 急遽追加で計画した米山トレッキング、募集人員は10名としていましたが、何と45名ほどの申し込みがありました。ジャンボタクシーの増車や自家用車の提供で30名ほどに増やしましたが、残念ながらお断りせざるを得ない方も多数になってしまいました。お断りした方々には、この紙面を借りてお詫び致します。

 米山は、上越市と柏崎市の境に位置し、三河の鳳来寺薬師、日向の法華岳薬師と並んで日本三大薬師の1つとして知られ、頂上に米山薬師如来が祭られています。また、海岸からいきなり聳える独立峰で、その山姿の優雅さでは“越後富士”とも呼ばれる霊峰です。地元の人々は米山と呼び捨てにせず、「米山さん」と親しみを込めて呼んでいます。

 その昔、米山は五輪山と呼ばれ、泰澄禅師とその弟子の沙弥が開山したと伝えられています。伝説では、沙弥は海上を航行する船に向かって托鉢の鉢を飛ばし、生活に必要な食べ物を恵んでもらっていました。ある日、いつものように鉢を飛ばして少々の米をとお願いしたところ、出羽の国の上部清定は「これは上米であり、乞食にやる米などない」と邪険に断ったそうです。そこで沙弥が何か呪文を唱えると、雁が飛ぶが如く米俵が五輪山の方へ飛んで行ったとのこと。困り果てた清定は丁重に謝罪し、米を返してくれるように懇願、米俵は再び船に向かって飛んできたとのことです。これを見た地元の人々が「五輪山が米の山になった、米山だ」と口々に叫んだことが山名の由来であると、地元に残る民話に語られています。その後、強欲な清定は浄定行者と改名し、修験僧になりました。

 とにかく、展望の素晴らしい山で、登山ルートは、柏崎側、柿崎側併せて7ルートあります。今回は、その中で一番楽な柿崎側の水野林道コースを選びましたが、駐車場の標高が573mとかなり上まで車で行けますが、頂上までの標高差420mはDトレッキングとしてはかなりきつかったと思います。それに加えて、残暑どころか9月の末にもかかわらず30度を超す暑さ、汗だくになりながら登りました。時々涼しい風も吹いて来ましたが、頂上に着くまではまさに苦行の連続でした。それでも、ゆっくりゆっくり登山が功を奏したのか全員無事登頂できました。

 頂上に着いた時には、空の青さと海の青さに皆大感激、そこからの展望は、期待を裏切らず素晴らしいものでした。
 景色を見ながら、あるいは立派な頂上小屋の中で足を延ばして、ゆっくりとお昼を摂ったのち、またゆっくりゆっくり下山しました。

以上
ここは標高573mの登山口、快晴の青空、妙高連山と後ろに北アルプスの雄大な眺め 準備も整いいざ出発、いきなりの急登です。米山はどのコースも急峻。
汗だくで登っていると日影が恋しくなる、やくしの杜にホッと一息。 このブナ見事ですね、樹齢何年? 涼しい風にも癒されます。 米山にもこんなブナ林があったんだ、フィトンチッドでリフレッシュ。
ゆっくり登山に欠かせないのはリズミカルな休憩です、しっかり腰を下ろしてね。 ここはちょうど半分のところ、この上に泰澄禅師の碑もあります。 これが泰澄禅師の碑です。古びていて何も分かりませんが歴史を感じます。
さあ頂上に到着、気持ちの良い青空が広がっていました。 まずは米山薬師如来にお参りです。健康に感謝、無事に感謝、それから? 山頂直下には立派な2階建ての小屋があります。ここで泊まるのも良いですよ
柏崎、弥彦山方向の景色、トンボも飛んでいました。暑くても秋の兆し。
暑さを避けて楽しいランチ、360℃の景色が何よりのおかずです。 全員ニコニコ、満足が伝わってきます。下山もゆっくり楽しみましょう。
登山口に戻ってきました、ホッと一息米山を振り返ります。 どんどん下山してきました、お疲れさまでした。