会山行紀行文 2019年
9/28(土)
曇り
(はくほうさんざん)
白鳳三山

408m(岩崎山)
参加者 (紀行文) 2097 T/Y
No−127 グレード:C 35名
 担当リーダー 2097 T/Y (男性14名・女性21名) (写真) 2097 T/Y
岩崎山(向羽黒山)(408m)、羽黒山(344m)、観音山(286m)
≪コースタイム≫
 新潟駅(7:10)=安田IC(7:40)=会津若松IC=観音山登山口駐車場(9:12-26)…観音山山頂(9:41)…羽黒山頂(10:03)…北曲輪
…二曲輪(二の丸)(昼食11:40-12:40)…岩崎山(向羽黒山・本丸)山頂(13:30-47)…家臣団屋敷跡…げんべ沼…羽黒山神社下駐車場(14:35)
=会津若松IC=新潟駅南口(18:10)
≪紀行文≫
〜〜〜福島の白鳳三山縦走と東北最大級の山城跡をめぐる〜〜〜

 新潟駅から参加者30名を乗せた大型バスは新潟駅7時過ぎ出発、新潟中央ICから高速の磐越道に乗り安田ICで途中乗車する5名を乗せ計35名となる。
 会津若松ICで下り国道118号線で向かい、本郷地区の瀬戸町通りに建つ会津美里インフォメーションセンター向かいから上った白鳳山公園の向羽黒ギャラリー前の広い駐車場へ9:12到着。
 駐車場で登山準備を行い、観音山への遊歩道入口から9:27登山開始。

 白鳳三山は、会津本郷焼で有名な会津美里町の本郷地区に位置する続日本100名城に選定され岩崎山(向羽黒山)(408m)、羽黒山(344m)、観音山(286m)の連なる三山の総称で、その三山を縦走する。
向羽黒ギャラリー前の駐車場で登山準備 観光ガイドの渡部茂一さんから自己紹介 向羽黒ギャラリーから登山開始

 向羽黒ギャラリー前の駐車場から登り、左手の観音山山頂(馬頭観音跡広場)へ至る「かんのん坂」遊歩道の入口がある。

 急坂を登っていくと大山祇神社があり、この神社の由来を聞く。以降このような史跡でガイドさんからの説明を必ず頂く。
 少し歩いて「馬頭観音跡」の観音山山頂に着いたが山頂は芝生の広場となっており、明治戊辰戦役萱野隊記念碑、馬頭観音や観音堂の解説板があり、その奥に建っている東屋からは会津若松市中心部(鶴ヶ城)の奥に磐梯山の眺めもよい。
 鶴ヶ城の東側(磐梯山の手前付近)には戊辰戦争で新政府軍の砲撃拠点となった小田山や、白虎隊自刃の地である飯盛山を遠望できる。
 「かんのん坂」遊歩道の入口  大山祇神社の鳥居と本殿  観音山山頂の記念碑、馬頭観音
会津若松(鶴ヶ城)磐梯山、飯盛山を遠望 東屋から展望を楽しむ 羽黒山への登山路の「松風の道」入口

 次は羽黒山山頂を目指す。観音山から下山して一旦道路に下ると、子供達が遊ぶ「フィールとアスレチック」の施設がある。結構な規模で駐車場もあり、近くにはトイレも整備されている。大きな案内板があるので白鳳山公園の全体のイメージをここで掴むのも良い。

 すぐに羽黒山への登山路の「松風の道」を登って行くと10分とかからないで四等三角点のある羽黒山に着く。山頂には天照皇大神の石碑がある。山頂からは北東〜東側の眺めがとてもよく若松市街も見ることが出来る。
 山頂から緩やかに下って行くと「羽黒山神社」に着く。境内(羽黒山曲輪)の左手には出世稲荷神社。正面には羽黒山神社の拝殿、奥には本殿が鎮座している。
 急な長い石段の参道を下って一の鳥居をくぐり道路へ出る。ここにもトイレが整備されており三の丸跡広場への入口にもなっている
羽黒山への登りで少し陽が射す 山頂には天照皇大神石碑や四等三角点 羽黒山神社の拝殿、奥には本殿が鎮座

 ここから、北曲輪に入り、伝・盛氏屋敷跡などの郭をはじめ竪堀や横堀、大堀切の説明を受け、再度道路に出て、げんべ沼に近い大きな駐車場からガイドさんが道を付けたというところから急な登山路を登り、普段一般観光客を連れて行かない二曲輪(二の丸)の周りをほぼ一周して、虎口、空堀や土塁の跡(水手曲輪)、竪堀、礎石建物跡などがあり、山城の痕跡が各所に残っている。説明によれば、まだ石の配置、窪みで何かの遺跡があった場所をも見せていただいたが、大学の先生などとも調査しているが、どのような遺跡なのか判断できない個所も多いそうだ。
急な長い石段の参道を降り一の鳥居を潜る  盛氏屋敷跡などの郭、竪堀や横堀を説明  横堀
竪堀の鏡石かも?の説明 石の配置、窪みで何かの遺跡 二の丸跡駐車場とトイレのある場所で休憩

 また道路に出て、二曲輪(二の丸)下の大きな二の丸跡駐車場とトイレのある場所で休憩をする。その後、大きな竪堀の痕跡が残っている場所に行き、二曲輪(二の丸)に登り、昼食とした。
 二の丸は平らな広場になっていて、展望台やあづまやが整備されている。二の丸の展望台からは門田が見下ろせ展望は大変良い。

 一旦、下の二の丸跡駐車場に降り、少し歩いて岩崎山(向羽黒山)へ登る「古城の道」へ入る。
大きな竪堀の痕跡 二曲輪(二の丸)広場で昼食 二の丸跡駐車場から岩崎山へ

 ここで、急峻で大きな竪堀の痕跡とどん詰まりの場所に鏡石(竪堀に登っても鏡石から登れない)があり、その規模と大きさで感嘆な声が出る。向羽黒山城が要害な場所に築かれたことがよく分かる。
岩崎山(向羽黒山)へ登る「古城の道」入口 急峻で大きな竪堀の痕跡 礎石建物跡

 本来はその脇の最初階段のある急坂の登山路で登るが、今回は、先般の大学の先生方と調査したばかりの一般の人は連れて行かない左のコースを取り、最近確認された礎石建物跡、城道跡、虎口跡、空堀や土塁の跡、竪堀など山城の痕跡が各所に残っている道なき道を登り、二等三角点のある岩崎山(向羽黒山)頂上に着く。

 展望はまずまずである。大岩が印象的。

 向羽黒山城の遺構が残り、発掘作業が行われている。 厳しい戦いを想定して改修を重ねられた戦国時代の名城である。

  休憩や集合写真を撮り、ガイドさんから歴史などの話を聞き、下山開始。 
 石の配置で何かの遺跡
向羽黒山城が要害な場所に
築かれたことがよく分かる急峻な場所
 虎口跡  岩崎山(向羽黒山)頂上に到着
 頂上標識
 堀切  岩崎山頂上で集合写真(1〜3班)、4・5班は写っていませんでした、申し訳ありません。

 下山路で大掘切跡の説明などを受け、「古城の道」を下り、道路へ出る。少し歩いて家臣団屋敷跡、モリアオガエルが生息するというげんべ沼を経由し、広い芝生の三曲輪(三の丸)広場に出る。
 三の丸跡(三曲輪)は、主に馬の訓練場であったらしく、目の前には田圃の中にポツンとそびえる丸山が見え、その左に明神ヶ岳(1074m)、私が10/12(土)山行で登る博士山が高く聳える。
 
 三の丸跡(三曲輪)から道路に出て、少し歩くと羽黒山神社下駐車場に到着。ここで、大型バスを待つ。
 白鳳山公園内の道路は、大型バスが通ると行き違いが出来ないので、会津美里インフォメーションセンターに連絡して、向羽黒ギャラリー前から反対側の出口の両方にセンター職員が交通止めをしてバスのみ通すことにしている。従って、到着直前に連絡して、バスを通していただいた。
 バスに乗り、事前にセンターにお願いしていた向羽黒ギャラリー前の駐車場に車を置き、ギャラリー施設をお借りして、着替え・トイレを使用させていただいた。 
「古城の道」下山口 
 三の丸跡(三曲輪)  羽黒山神社下駐車場に到着  左手前丸山、奥の左が博士山

 我々のために、センター職員が何人もお手伝いしていただいたので、お礼をして少し降りたところにある会津美里インフォメーションセンターの2階の会津本郷焼見学と土産等購入し、一路新潟駅南口へ向かう。

 今回は、観音山や羽黒山では史跡や大山祇・羽黒山神社、戦国時代に葦名盛氏(あしなもりうじ)が戦略上の城として築いた東北最大級の山城跡の岩崎山山頂の本丸(実城)跡を中心に二の丸跡、三の丸跡、伝盛氏屋敷跡などの郭をはじめ、竪堀や空堀、虎口、石塁の跡などの戦国山城の名残が城跡内各所に残されているのを、背景にある歴史を加えてガイドさんが案内と詳細な説明を受けながら歩いた。普段は観光客を連れて行かないような城跡まで誘導していただき丁寧なご説明を頂いた。

 今山行は、登山に加え歴史・城跡について勉強になり大変満足して頂いたようで、このような歴史がある場所であることを学んで頂ききました。

 今回も、LL、SL、班長、会計さんとメンバーの皆さんに恵まれて、無事終わらしていただきました。
 これからも、山行でご一緒することがあると思いますが、今後ともよろしくお願いします。