≪紀行文≫ |
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〜〜〜アルプスは雪のある時期がいい〜〜〜 |
私には3人の山友達がいる。みんな仕事、そして家庭をもっているので、なかなか宿泊を兼ねた山行を一緒には難しい。でもなんとかやりくりして5月の連休と夏にはアルプスに行くようにしている。今年は初めから4月29日、30日と決めていた。もしもう一日多ければ縦走も可能だが、二日では登って降りるだけ。最初は唐松岳を予定したが、今の時期の山荘手前の岩場の冬道が不安、もしガスって進路を見失ったらと、それで燕岳のピストンとした。
今年の1月から3月まで、私は出張続きでなかなか山に登れなかった。それに母の病気が1月2月と悪化していたのが、3月4月とどんどん良くなり、ようやく山に登れる気分にもなった。自分だけでなく家族の健康が山登りには影響を与える。家族みんなが健康であることが山登りの絶対条件だ。
今回の登山は行く前から晴天が約束されていた。5時に我が家に来てもらい出発、9時半に登山口到着。駐車場は超満員。まだ冬のアルプス、天気がいいせいか、さすが人気の山、でもおそらく、これから登るのは我々が最後のほうだろう。たまたま空いた第一駐車場に車を置くことができた。ラッキーだった。
準備をして歩きだす。事前に山の状況をネットで調べて、フルアイゼンは必要だがピッケルは不要とメンバーに連絡していた。ほんとうは軽アイゼンでも充分なのだが、この燕岳はおしゃれな山、ほとんどの人がピッケルとフルアイゼンを装備しているに違いないと思っていた。我々もM君とS君がピッケルをザックに縛り付け、そして手にはストックを。 |
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第一駐車場 |
中房温泉登山口 |
急坂を登る |
久しぶりのアルプスなのに、ペースは早い。第一ベンチまで30分で着いた。本来ならここまで約40分、ペースが早くてバテなければいいがと、最後尾で心配していた。
第一ベンチを過ぎたころから雪が現れた。でもアイゼンを着けることなく進む。第三ベンチで軽めの昼食。ここまで多くの登山者を追い越してきた。そして第三ベンチはほとんどの人がアイゼンをつけていた。我々はもう少し我慢と富士見ベンチまでアイゼンなし。
その富士見ベンチでアイゼン着用、でも私は今日の登りはアイゼン不要とアイゼンなしで進む。雪がザクザクでアイゼンの重みのほうがかえって負担になると思った。 |
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第一ベンチ |
早くも残雪が現れる |
第二ベンチを経て雪原になる |
合戦小屋で缶ビールが売られていた。ここまで登ってくれば、もう山小屋はすぐそこと、その缶ビールを買って飲んだ。でも他の3人は飲もうとしなかった。彼らによると槍ヶ岳に登ったときテント場まであと30分の山小屋で、おいしそうな生ビールを売っていたので、それを買って飲んだら、なんとテント場まで2時間もかかったと言っていた。だから登りでは飲まないと。でも今回は個人山行、一本くらいならと私は忠告を聞かず飲み干した。それがいけなかった。合戦小屋からの登りは夏ならジグザグに登る道が直登になっている。その急登が疲れた体に堪える。足が動かない。少し進んで休憩、また少し進んで休憩となんと合戦小屋から燕山荘まで2時間もかかってしまった。失敗、失敗。
でも途中の景色はすばらしい。何度も来ている燕岳、これほどの景色は何度見ても満足する。やはりアルプスは雪のある時期がいいと。 |
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合戦小屋 |
缶ビールが販売(500円) |
槍ヶ岳 |
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急坂を直登する |
休憩 |
槍ヶ岳 |
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燕山荘が近くなってきた |
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槍ヶ岳山頂 |
燕岳山頂 |
燕山荘は超満員だった。でもこの時期、布団は一人一枚、食事は3回目の19時20分。なんでそんなに遅いのと、実は食事の後に山小屋のオーナーの話が30分ほどあり、それで食事の間隔が大きいのだ。
我々は食事の前は山荘前のテーブルでアルプスの雄大な景色を見ながら生ビールやウイスキーで盛り上がるのでした。 |
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燕山荘に着いた |
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山荘前広場 |
燕岳山頂 |
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山荘内 |
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槍ヶ岳 |
夕食 |
翌日は朝食後にゆっくりと下山です。もちろん下りはアイゼンを着けます。燕岳の山頂には行きません。もう何度も行っているから、行くだけ時間のロスです。山荘前の景色だけで充分なのです。アイゼンを付けてザクザクの雪道を下るのは慣れれば楽しいものです。
この日も天気が良かったので、多くの登山者とすれ違い、あっという間に登山口まで下りました。
さあ、夏は白馬岳ですよ。一泊二日で。(終わり) |
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富士山 |
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槍ヶ岳 |
昨年登った水晶岳 |
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後ろは水晶、野口五郎 |
朝食 |
山荘を後に、後ろは八ヶ岳 |
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第二ベンチ |
第一ベンチ |
駐車場に戻る |
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