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一の瀬園地ビジターセンター |
登山口 |
短い坂を登ってスタートです |
静かな林間の広場で昼食を食べ、緩く登って最初の景勝地である”善五郎の滝”見学です。落差と言い水量と言い、迫力があります。
やや汗ばんだ顔に心地よいミストが当たります。
*滝しぶき飛ぶ滝つぼや草紅葉 *熊除けの缶折々に落葉道
所々に”クマ除けの空き缶”が下がっており、缶をたたいて熊に知らせる仕組みとなっています。 |
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オルガン橋を渡る |
林間で昼食 |
クマ鈴ならぬ、クマ除けの缶たたき |
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善五郎の滝。釣りの名手・善五郎が大きな岩魚に引き込まれて見つけたとされる、乗鞍三名滝。 |
曇り空ではありますが歩くにはちょうど良い気温、快適に歩いて次の目的地は”牛留池”です。
湖畔の休憩舎からは真正面に乗鞍岳を望むのですが、生憎ガスに遮られて見る事は叶いません。
ここには、幹が途中から弧を描くように1周し、再び上に向けて伸びている”ねじねじの木”があります。
自然がつくった”ど根性木”ともいえる芸術的な天然木です。
*牛留の池山霧につつまれて *高原の風さわさわと初紅葉
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気持ちの良い道が続きます |
ガスにけぶる牛留池 |
ねじねじの木 |
牛留の池からは、道は下り勾配となります。時々見える赤く紅葉した木々を眺めながら”あざみ池”に来てみると、湖面に写った紅葉がひと際映えます。もう1週間もすれば、更に美しく見えることでしょう。
一の瀬園地に戻って、皆んなで集合写真。メンバーのKさんによる野点を頂きながら、ゆっくりとした時間を過ごしました。
*あざみ池うるし紅葉にそまりをり *下山して秋草に座す野点かな
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紅葉の道を楽しみます |
湖面に紅葉映すあざみ池 |
一の瀬園地に戻りました |
下山後は、奈川渋沢温泉・仙洛に宿を取りました。山溢に静かに建つこの宿はキノコ料理が名物。
懐かしい薪ストーブのぬくもりも嬉しいサービスです。
源泉掛け流しの風呂で温まった後は、松茸をはじめとする茸ずくしの鍋や、焼岩魚や岩魚の刺身、諸々の山の幸がてんこ盛りの料理を頂きました。
朝の茸味噌汁の美味しかったことも、しばらく忘れられそうにありません。
*炉火もえてぬくもりもらふ山の宿 *たっぷりの茸の鍋に舌づつみ
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奈川渋沢温泉・仙洛 |
この後もたくさん出てきて・・・ |
茸たっぷりの鍋、美味しかった! |
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〖27日(金)〗
*早立ちのコスモスの宿岩魚いて
今日は朝から快晴! 美味しい朝ごはんを頂いて野麦峠に向けて出発。
女工哀史で知られる「野麦峠」の旧道を信州側から飛騨側に歩く行程。
峠では資料館や幾つもの碑を見る事が出来ます。また、乗鞍岳の雄姿が見える事でしょう。
(野麦峠・ウェブより抜粋)
明治~大正時代、信州へ糸ひき稼ぎに行った飛騨の若い娘達が吹雪の中を命がけで通った野麦街道の難所、標高1672mの野麦峠。
かつて13歳前後の娘達が列をなしてこの峠を越え、岡谷、諏訪の製糸工場へと向かいました。
故郷へ帰る年の暮れには、雪の降り積もる険しい道中で、郷里の親に会うことも出来ず死んでいった娘たちも数多い。
この峠には「お助け茶屋」と呼ばれる茶屋があり、旅人は疲れた体を休め、クマザサの生い茂る峠を信州へ、飛騨へと下っていった。
ノンフィクション「ああ野麦峠」で知られ、女工哀史を語るうえで悲しい物語を秘めた所なのです。
1979年(昭54)、映画「ああ野麦峠」(監督 山本薩夫 主演 大竹しのぶ 新日本映画・東宝配給 )が製作され、日本中を沸かせました。 |
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信州側登山口 |
木漏れ日の緩い勾配を登ります |
幾つかの石像(道祖神)が現れます |
道はジグザクに造ってあり、とても歩きやすい。木の間越しに朝日を浴びて登ります。
道端には、通行中の事故を慰めるものでしょうか?、地蔵さまなどもあります。予定通り1時間の登りで野麦峠に到着しました。
*薄紅葉せる峠口秋日和 *急登を過ぎて水引紅こぼす *水音の途切れ谷風さわやかに
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碑文・「工女泣きし野麦峠や今若葉」 |
野麦峠の碑 |
「ああ、飛騨が見える」工女おみねの碑 |
峠には、歴史を物語る碑が幾つもあります。
中でも、病気になって工場を追われ、兄に背負われて田舎に帰る工女・おみねが野麦峠で、「ああ、飛騨が見える」と言ってこと切れた像がひと際目立ちます。
また、乗鞍岳も大きな姿を見せてくれます。
*道祖神秋の日差しに頬笑みて *女工らをまつる石仏野菊添う
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乗鞍岳がよく見えました |
学芸員による説明を頂きました |
「野麦峠資料館」の内部 |
資料館では、係の方から峠の歴史やその役目、工女の通った時代の様子など丁寧な説明を受けました。
ただ通り一遍の見学ではなく、こうして説明を受けると野麦峠をあらゆる角度から知る事が出来て、大変勉強になりました。
生糸の輸出によって明治の日本を支えた工女たち、雪の峠で命を落とす者もたくさんいたと言います。
兄の背で亡くなったおみねの菩提寺や実際のお墓の所在についてもお聞きしました。
また、映画”ああ野麦峠”(大竹しのぶ主演)のダイジェスト版も映写されていました。
この映画が製作される以前に、吉永小百合さんが原作を読んで感動し、「是非映画にしたい」と現地にも足を運び熱望しましたが、製作会社の都合で願い叶わず、”おみねの像”を建立されと言います。
捨てきれぬ思いを像に託したのでしょう。 別会社によって、大竹さん主演の映画になったのはその後の事です。 |
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当時の工女たちの旅姿 |
映画”ああ野麦峠”ダイジェスト映写 |
吉永小百合さん寄贈の”おみねの碑” |
資料館や峠周辺の散策の後、旧道歩きに再出発。今度は峠から飛騨側へと下ります。
正月を前にして親元に帰る工女たちの、昂ぶる気持ちは如何ばかりかと思いを馳せつつ、歴史の道を歩きます。
概ね緩い傾斜と優しい緑陰の道ですが、時には急傾斜もあって、装備も無く雪道を歩いたであろう当時の様子を思うにつけ、今の自分たちの幸せに感謝しつつ歩いたことでした。
*雪に死す悲しき像や秋晴るる *気のぬけぬ下山の道の露けしや
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心地よく歩いた木漏れ日の道 |
標識”旧野麦街道糸引きの道” |
2時間の歩きで終点到着 |
今回のトレッキング山行は、初日は避暑地でもある高原の精神的にも肉体的にも優しい白樺の樹林帯を歩くという楽しみ、レベル的にも丁度いい具合の行程であり、参加した皆さんも大満足の様子でした。
また翌日は、いい天気に恵まれて歴史の道を歩き、いろいろな勉強をすることができました。
とても楽しい歩きと温泉と美味い食事、三拍子そろった嬉しい山行となりました。
そしてなによりは、最高齢83歳から60歳までの年齢層の皆さんと共に、和気あいあいと歩かせて頂いた二日間、リーダーとしてこれに勝る嬉しいものはありません。皆さん、お疲れさまでした。そして、有難うございました。 (おわり) |
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初日、乗鞍高原”一の瀬園地”にて |
二日目、野麦峠”おみねの像”前にて |
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